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武蔵野の森

多彩な動植物を育む豊かな森・武蔵野

武蔵野ワークスは、武蔵野で創業しました。武蔵野は、現在の埼玉県所沢市・狭山市から、東京西部・多摩地区、南は神奈川県川崎市や町田市周辺までを覆う火山灰質性の台地です。奥多摩を発する多摩川を中心に河岸段丘的に形成された丘陵は、なだらかな曲線をもって緩やかに拡がります。

開発が進まなかった武蔵野の森

武蔵野では古代において焼き畑が行われたようで、うっそうと茂っていた森は、奈良・平安時代には広大な草原と林が混在していたと考えられます。

江戸時代、全国的に新田開発の気運が高まりますが、武蔵野に広大な田圃(たんぼ)が出現することはありませんでした。もともと富士山の噴火による火山灰でできた地層(武蔵野台地は、関東ローム層の一部)は、水を保持できず田畑、とくに田圃(たんぼ)に向かなかったためです。


日立研究所(国分寺市)内に残るかつての武蔵野の原生林・・・武蔵野は草原だったという記録もあり、どのように森と草原が変遷してきたのかはっきりとは解明されていません

人々の生活と森との調和

一方で、江戸時代初期、多摩川上流から武蔵野を横断して、江戸市内に水道水を供給する玉川上水が完成したことにより、武蔵野と人々の生活は密接になります。しかし、武蔵野は、もともと火山灰台地であるがため過度な開発が進まみませんでした。そのため多くの林や草原を残して現在に至りました。

武蔵野を潤す地下水流

武蔵野の地下を流れる水流はときとして湧き水(武蔵野では「ハケ」と呼ばれる)で地表に噴出し大地を潤し、川となって多摩川や荒川に注ぎます。豊かなハケがある土地は、たとえば「小金井市」(黄金の井戸)のように地名として残されたところもあります。

当社が創業した国分寺市には、市内を国分寺崖線(こくぶんじがいせん)が走り、崖の下でいくつかの湧水を見ることができます。中でも「お鷹の道・真姿の池湧水」は名水百選にも選ばれ、豊かな水量は野川へと流れ込み最終的に多摩川、そして東京湾へと注ぎます。

古代文明の地

また、国分寺ははるか昔、聖武天皇が全国に建立した数あるお寺・国分寺の一つ(「武蔵国分寺」)があった場所です。武蔵国分寺周辺では、聖武天皇より遙か以前の遺跡が、現在でも発掘され続けており、この地には人々の豊かな文化があったことが伺えます。

古代、国分寺に隣接する府中には国府が置かれていました。そのため武蔵野には、関東・東北地方から国府に至る重要街道が通っていました。まとまった軍勢を派遣可能な、現代の言葉で言えば「スーパーハイウェイ」が敷設されていたこともわかっています。

現代にも続く武蔵野の美しさ

現在の武蔵野は住宅や道路や商店などで覆い尽くされましたが、未だケヤキ、コナラなどの落葉樹から成る多くの雑木林が点在し、湧き水が小川を作り、太古の昔より人間だけでなく多くの野生の動植物を育んでいます。

豊かな武蔵野

たとえば、野川公園とその周辺には多くの原生林と清流があります。四季折々、色彩を自在に変化させていく武蔵野の美しさは交響曲のように心に響きます。うっとりさせられる森の大らかさ・美しさをたたえます。武蔵野は私たちの創作活動の原点です。ナチュラル・優しさ・・・武蔵野の原生林が持つ風格に恥じない香りを作りたいと考えています。